アルベール・カミュの「ペスト」を読みましたので、紹介と思ったこと。

「何もせずじっとしているのが一番」というときは小説読むのに適してます。

先日、アルベール・カミュの「ペスト」を読了しましたのでご紹介します。

目下のコロナ禍含め天災に遭遇した時、個人はどうあるべきなのかの示唆に富んでいるのでぜひ一読ならず熟読をお勧めしたいのですが、小説というのは、文体の相性だったり、情景描写の好みや共感といった個人的なとっかかりがないと中々読み進められません。

あとは感情移入や自己投影ができる主要人物があれば一気に読めますが、とくに外国文学は「登場人物の名前が頭に入ってこない」問題があります。

白状しますと、最初の数ページを読んだ後、1カ月の積ん読期間を経て、飛ばし読みを是としとにかく読み進め、その後一気にくいっと読めました。

なのでご紹介にあたってブログの正義である「有益な情報をわかりやすく」という命題に当てはめたとき、

・読み出し前の予備的知識・キャラクターの整理をする。
・自分なりに話のあらましや学びをまとめる。(ネタバレしない程度)

古典文学にネタバレという注意喚起を促す必要があるのかどうかは不明ですが、

そんなところかと思いましたのでその程度をまとめます。

ちなみに作者のアルベール・カミュはセイン・カミュの大叔父さんです。

読み出し前の予備知識

そもそもペストって何だっけ?

大凡の人にとって、「ペスト」は現代病でなく、中世ヨーロッパで大流行したという過去の話。世界史の範疇かと思います。
管理人、チフスとペストの違いも怪しいくらい全くよくわかってませんでした。ウィキペディアでサラリと調べました。

出展URLはココ

・ペスト菌によって起きる感染症。別名黒死病(感染すると内出血により黒く見えるから)
・致死率は非常に高く、抗菌薬による治療が行われなかった場合、致死率は60%から90%に達する。
・古来複数回の世界的大流行が記録されており14世紀に起きた大流行では当時の世界人口22%にあたる1億人が死亡したと推計される。
・19世紀末にアレクサンドル・イェルサンや北里柴三郎によって原因菌が突き止められ、有効な感染防止策がなされ流行は減った。

脱線しますが、北里柴三郎、凄いです。偉業はそれだけにとどまらず、血清療法の確立や、破傷風菌の発見もしてます。図書館が開いたらまずはまんが日本の伝記シリーズあたりを借りてきたいと思います。

ちなみに、

・近年でもペスト感染は続いている。
・ワクチンはない
・有効な抗菌薬を投与した場合の致死率は20%

ザ・現代病です。2000年代でもアフリカやアジアで流行感染例があるそうです。

そして、本ブログの本題、アルベール・カミュの「ペスト」は第二次大戦後の194×年、フランス領アルジェリアの港町、オラン市でペストが流行ってしまうという設定です。

 

主要な登場人物紹介は以下の5人。

外国文学のあるあるで、「登場人物の名前が頭に入ってこない」
「人数が多すぎて覚えられない(名前が覚えられないので余計そう思う)」ことが挙げられます。

その場合、巻頭の主な登場人物紹介を往復せざるをえません。

しかし、新潮文庫の「ペスト」には登場人物紹介のような頁がそもそもありません。以下の5人が主要人物です。覚えておいてください。

・リウー: 主人公。お医者さん。

・タルー: 若い。イケメン。ホテル住まい。観察メモ魔。意識が異次元に高い。

・グラン: 冴えない小役人。貧乏。夜は小説書いてる(作中では謎の仕事呼ばわりされている)

・ランベール: 新聞記者。市街の人。運悪くロックダウンに遭遇してしまう。外に恋人がいるのでなんとか脱出したい。

・コタール: グランのアパートのお隣さん。ロックダウン後は、密売に精を出す。どちらかというと闇の住人。

熱血神父(パヌルー神父)も主な登場人物と言っていいのですが、本ブログでは触れないのでサブ扱いにしておきます。

サブキャラとしては喘息持ちのじいさん、門番(ミッシェル)、予審判事(オトン)一家も出てきますが、お医者仲間とでてきますが、必死に名前を覚えなくても大丈夫です。

町の様子

いたってフツーの街です。港町という事もあり、事業・労働志向が強めであると書かれてます。町の描写のディティールの書き方は相性があるところです。

一部原文をそのままに引用しておきます。

この街で特異な事は死んでいくのに難渋を味わう事である。もっとも、難渋というのは適当な言葉ではないし、非快適という言い方のほうがさらに適切かもしれない。病気をしているのはいかなる場合にも愉快なものではないが、しかし、病気の中でさえ身を支えてくれ、ある意味ではのんびりしていられるような、そういう町や国もある。病人というものは優しさを欲し、好んで何かに寄りかかりたがるというのは極めて自然なことである。ところがオランは、気候の激しさ、人々の営む事業の重要さ、装飾的なものの乏しさ、夕暮れの過ぎ去る速さ、それから楽しみというものの質など、すべてが健康を要求している。病人はこの町では全くひとりぼっちである。

風邪を引いても仕事は休めない雰囲気の町ということです。

人口は20万人。そのうち毎日100人死んでいく状況下になります。

(ここまでで読んでみようかと思われたらこれ以上ブログは読まずに是非、小説の方を)

話のあらまし

それは西洋から姿を消したはずだ。

天災というものは事実、ざらにあることであるが、しかし、そいつが頭上に降りかかってきたときは、容易に天災とは信じられない。(中略)しかもペストや戦争がやってきたとき、人々はいつも同じ位無用意な状態にあった。

4月のおわり、街に大量のネズミの死骸があとからあとから発見され、その後、発熱とリンパ節の腫れという特徴だった症例による死亡がちらほら現れました。

医者1人が見る分は2、3人の患者ですが医者を合計すると患者数は相当数になります。

思い当たる病名はあります。但し。みんななんとなく、それを、認めることを避けようとします。
「誰もが知っているとおり、それは西洋から姿を消したはずだ」と。

時、ペスト菌が発見されてから50年余が経過しています。

まず医者が病名を認めるのを躊躇いつつも当局(県庁)を突き上げ、当局は小出しの感染対策を施しつつもどこか楽観的で、集計上の死者の数がいよいよまずいと、資料を整え上位の行政単位(植民地総督府)に伺いを立てます。

希望が先立ち、判断できず、上へ上へとお伺いを立てるのはというのは今も昔も変わりません。

数字の上で、死者数が増加の一途をたどると「いよいよこの病気を病名どおり呼ぶ決心」が必要になります。

そうしてようやく、

「ペストチクタルコトヲセンゲンシ̪ シヲヘイサスル」という電報が出回って町ごと隔離閉鎖されます。

文句は当局に向けられる。

今風に言えばロックダウンが行われます。しかし、そこに予告期間も猶予もありません。門を閉ざし完全隔離です。
市門はペスト宣言の数時間前に閉ざされてしまいます。

「愛する者との別離というようなきわめて個人的な感情が(中略)この長い追放の期間の主要な苦痛とな」ります。

「事実、そんなつもりの全くなかった人々が突然別離の状態に置かれた」ことになり、便宜(例外措置)を図れ(ここから出してくれ)」という問い合わせが殺到しますが、「どれもこれも切実で、どれもこれも検討不可能」なものと認められません。

そして、外部からの車の往来はなくなり港が封鎖され、交易(商売・仕事)が止まります。

別離とか恐怖とかいうような共通の感情はあったが、しかし人々は依然として個人的な関心事を第一列に置いていた。誰もまだ病疫を真実には認めてなかったのである。大部分のものは彼らの習慣を妨げたり、あるいは彼らの利益の冒すことがらに対して特に敏感であった。(中略)そしてこの場合ペストに向けてぶっつけることのできるような感情ではなかった。彼らの最初の反応は、たとえば当局に罪を着せることであった。

くりかえしになりますが、今も昔も変わりません。

ロックダウンに際して、大部分の人の仕事はなくなります。しかしこの時点では即、失業にはならず休暇です。昼間からカフェで憂さ晴らしです。

・憂うべき出来事に違いはないが一時的なものという印象を以前持ち続けていたのである。

・しかし、残念ながら、天災というものは自分の尺度とは一致しない。
戦争というものは確かにあまりにもばかげたことであるが、しかしそのことは、そいつが長続きする妨げにはならない。

海水浴は禁止され、楽しみを味わう権利は封鎖されます。
ホテルは新規客がいなくなり、滞在客はホームステイ先を探してしまうので客足が激減します。
一時一気にとまった経済以外も、徐々に経済がとまります。

主要な登場人物は何を思い、なにをしてるか

ここで主要な登場人物は、キャラ設定に基づいためいめいの動きが顕著にでてきます。ここら辺まで読み進めるとぐっと読みやすくなります。

リウー 患者の診察

ランベール なんとか街を脱出しようと色々トライ

タル― ボランティア隊(保健隊)を結成

グラン ボランティアに参加。役所の仕事と小説の仕事の3足の草鞋状態

コタール 密売・転売に精を出し財を成す。

リウーの仕事は治療というより診断になってきます。ペストの場合は隔離の為、患者を家族から引き離す必要があります。隔離病室からはペストが完治するか死亡するかでしか出られないので、家族にとっては診断=今生の別れになります。最初は治してくれるお医者さんとして期待をもって迎えられていたのに、そのうち強制命令や警察、武装兵力が必要になってきます。

ランベールは可哀想です。もともとたまたま町にいただけです。ロックダウンにあってしまい恋人のもとに帰れません。「ペストに罹患していない証明書を書いてくださいそれで市街にでられるかもしれないんです」とリウーに頼み込みますが断られます。そして逆ギレしてしまいます。色々トライしますが失敗におわります。

タル―は、メモ書き趣味は続けながら、行政の機能不全に業を煮やし、民間のボランティアとして保健隊というものを結成します。しかし小説内では「これらの保険隊を実際以上に重要視して考えるつもりはない」とし、美談と実績は分けるものという態度がとられます。

グランはそのボランティア隊に参加します。なにかのお役にたてればと、自然体です。役所の仕事と趣味の小説書きの時間に障りの出ない一日2時間を登録や統計の事務仕事を行います。但しこのグランのボランティアが、作中において「それらの衛生隊の原動力となったいたあの平静な美徳の、事実上の代表者としてみなすのである」と称賛してます。

コタールは、実は罪人で、あと一歩で逮捕されるような状況でしたが。(そのことを苦に登場時、自殺をしようとしている)それがペストのドタバタのおかげで一旦棚上げされ反対にむしろ商売・蓄財の機会を提供してます。密売・転売で大儲けです「自分はすでにこの罪人としてこの苦痛を味わっているからペストには罹患しない。今の状況は最高だ」と一見、謎理論ですが、何故かなんとなく気持ちはわかる主張をしてます。

物語のピークは「埋葬問題」に言及されるような行政サイドのリソース不足。

オラン市はロックダウンを施し、隔離病棟用の施設を接収できるだけ接収し、集団生活を営むもの(教会とか)を散りじりに住まわせ今の時代の感染対策とそう変わらないことをします。春にされた隔離政策は夏をすぎ、秋になっても終わりません。

死者は高止まりを示し、ペストは物語的な抑揚、起承転結を付けず居続けます。
腺ペストどころか肺ペストの症例まで出てきてしまいます。

死者が1日100人以上をたたき出す状況下の中で、足りないのは墓場です。

感染予防のため葬式はできません。迅速な埋葬が奨励され、遺族は作法通り(葬式)の作法ができないことに思いのほか傷つきます。
その後、墓穴用の土地が足りなくなり共同埋葬になります。それでも土地が不足するので不本意ながら火葬で対応します。
キリスト教は土葬が基本です。『肉体がないと最後の審判と時に困る(復活できない)』からです。
しかも、墓穴は共用です。

医者からペストと診断されれば、死刑宣告を大して変わりません。家族は二度と会えることなく葬式もできず、最も効率的な埋葬で処理されてしまいます。

但しここでピークは過ぎます。
もっと状況がひどくなれば「死体を海に捨てる」という選択肢がでてきて、その先は道端に死体・死にかけの病人が転がってる有様になるわけなので、大層不謹慎な言い方だと「火葬で止まってよかった」となるわけです。

そのうち絶望に慣れる

そんなペスト禍の中、人々の心境はどのように変化していったかが書かれてます。引用で切り取るのがむずしく、幾度の注釈等があるので言い切ってはいけないのですが、「現状に慣れてしまう」のです。息を潜めるのに慣れる。絶望に慣れる

会いたかった人は、記憶はできても想像できず、そのうち記憶もあやふやになります。

死に目にも会えず満足に葬儀を行うことができない感傷的な死別問題も、生きていくうえで直結する食糧問題(配給がおぼつかなくなる)の前では問題が劣後してしまいます。食料は早い段階で配給制になり、本当に不足が懸念されると日用品に投機が入ってきます。

ひたすら個人の個性はなくなっていきます。

 

(ここらへんの記述はかなり端折っているので物語として味わう為の紹介文章としては不適切かもしれません時間ができたら修正していきます)

天災渦中で個人がどうふるまうべきか

そして小説「ペスト」は最後どうなるかというと、ペストが収束します。これをネタバレといわれても困ります。人々は絶望の頂点の中死者統計は減少していきます。「あれ?減ってる」という気づきは実際の統計に遅行します。

さて、本小説を通しての学びをまとめたいと思います。天災渦中において個人がどうふるまうべきかです。

 

文中色々示唆がありますが「今、できることをする」です。

疫病下における行政の判断の遅さ、希望交じりの楽観的見通し、それはしょうがないのだと思います。天災はそういう楽観含みで定義されるものなのだと諦めるべきです。
だからといって悲観をベースに最悪を想定するのがいいかといわれるとそうではないかと思います。どのみち、個人ベースでは何もできません。

となると月並みですが「(難しいけど)事実に基づき、今できることをする」です

ようやくペストと認めるに至った天災渦中の初期、リウーは「毎日の仕事の中にこそ確実なものがある。その余のものはとるに足らぬつながりと衝動に左右されているのであり、そんなものに足をとどめてはいけない。肝要なことは自分の職務をよく果たすことである。」と、自分に言い聞かせてます。

これから14世紀ヨーロッパの死屍累々の地獄絵図みたいな惨状になっていく可能性もその時点ではあるわけですが、そんな想像をしたところで意味はないのです。

 

又、「絶望よりも絶望に慣れてしまうのがさらに悪い」とも言ってます。絶望に慣れないようにするにはどうしたらいいのでしょう。

主要人物ならば、本業、謎仕事の執筆の時間は確保しつつ、日に2時間だけ、ボランティアの仕事をするグランがロールモデルになるかと思います。、ペスト禍絶頂の時においても街のショーウィンドウを見つめながら昔出ていった嫁さんを思い出し泣いています。終始、隙あらば謎仕事の小説書きを人に話して楽しそうです

個人を個人として位置づける(他人には)どうでもいいことは、絶望に取り込まれないためにそれでも大事にしておいた方がいいのだと思いました。

おわり(本の紹介)

さて最後です。本の紹介です。

一回読み切るのに5.6時間かかります。
それを(途中辞めておけばよかったと思いつつ)5~10分程度のブログ記事してまとめたので、噴飯ものかもしれませんが「ちょっとよんでみようかな」と思っていただければ嬉しいです。

100分de名著も増版されているようです。4月の頭ではAmazonにも楽天にも売ってませんでした。

このコロナ禍において需要が出たのだと思います。

あとマンガも見つけました。日本がペストがパンデミックを起こすという筋のようです。

タイトルからして小説「ペスト」のオマージュかと思います。

 

それでは最後までおよみいただきありがとうございました。

Book review
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ハッカとミント

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