コロナ離婚は「火垂るの墓」で主人公がおばさんの家を飛び出す並の悪手だと思う。

「コロナ離婚」という造語が流行りそうで流行らなかった。

「普段家にいない旦那や子供がストレスで我慢ならん」というのが離婚事由らしいが、そもそも家族とはなんなんだろうか。

類似事例として、「火垂るの墓」を思い出してしまったので、管理人のゆるい家族観と火垂るの墓の知見について述べたいと思う。

家族は基本他人。食料と寝床がシェアできれば100点満点。

家族の基本は飯と寝床のシェアである。今も昔も、石器時代から変わらない。結婚を前提としたお付き合いとは、一緒にご飯が食べれるか(食料分けてもいいとおもえるか)のチェックであって、趣味が合うかとか金払いがいいとか清潔感とかはどうでもいいのではと思うのである。

相手の至らなさは自分の問題。改善要求は対話で臨む。

そして「コロナ離婚」の原因というのは「流しにいつまでもお皿が置いてある」とか、「電気がつけっぱなし」とか「言わないと手伝いをしない」とか「言ったことしかやらない」とか相手のだらしなさ、気の利かなさがイライラするわけなのだろう、多分。

何故イライラするかというと己が正しいと思う「あるべき姿」と相手の所作・言動に乖離があるからだと思う。なので自分の「内なる正義感」が原因だと思うのだ。相手の非を攻めるのではなく、自分のやり方こそ「自分の頭の中の個人的な趣味」位に思っていた方がいいと思うのだ。

どうしても気になるならば相手方へは対話で臨むべきで、それも粘り強く対話を重ね納得もらうべきかと思う。

少なくともケンカ腰で頭ごなしに否定から入る話ではないと思うのだ。

【ネタばれ注意】火垂るの墓はどうして大人になるとサムく感じられるのか?

結局、「コロナ離婚」というのは、もともと少ない空間を時間をずらすことでリソース確保できていたところを、同時刻にいるになってしまったので自分の取り分が少なくなったことがフラストレーションになり、そこに内なる正義の自己理論が後付けされてしまって、行きつくところまで行ってしまったのだと思う。

ここで思い出すのは「火垂るの墓」である。(商品画像の後ざっくりとしたあらすじをいうのでネタバレ注意。)

主人公は清太と節子の幼い兄弟2人である。簡単にあらすじを説明すると、

・空襲で家を焼け出され、母親が死んでしまう。

・持参金(母の形見の着物⇒米に交換)持って近所のおばさんの家に身を寄せる。

・米を持ってきたにも関わらず、おばさんの実子(白米)と食事に差をつけられて、わかりやすい冷遇を受ける。(清太・節子は雑炊)

・清太、我慢ならず節子を連れておばさんの家を飛び出す。

・自活は中々難しく、衛生状態の悪さから節子が死んでしまう。

・清太も最終的に死んでしまう。

管理人、実は空襲で焼け出され、手当を受けた母親の姿がトラウマで、アニメは何回も観ていない。

なのでややニュアンスが違う場合はご容赦いただきたい。

子どものときはただただ可哀想で見ていられなかったがいざ大人になるとこう思わないではいられないだろう。

「おばさんの家で我慢しろ」と。

いいも悪いもない、死なずに済むからマシだろうと思うわけだ。

非常事に自分の正義はアテにならない。

火垂るの墓の理不尽なシーン「母ちゃんの着物で買ったコメを横取りして兄ちゃんたちは腹いっぱい食べている」というのは清太側の理屈で、おばさんからすれば多少米は手に入ったものの、無期限で子どもを2人引き取ったのだからワリには合わないだろう。その後の見通しが立たないうちは食料の量の節約(雑炊)は当然するだろうしあと、自分の子どもという点は差し引いても、お兄ちゃんとお姉ちゃんはすでに体でかいので、子供である清太・節子に比べ必要摂取カロリーも違う。

なのでどっちもどっちなのである。

それなのに己の理屈や正義に合わないからといって、いざ家出してみたら思った以上に世の中厳しく、ごはんが少ないどころか生きるか死ぬかになってしまったわけである。そして死んでしまった。

コロナ離婚に話は戻るが、自粛は長期化するだろうし経済は冷え込む。就職だって難しくなってしまったし、イナゴの食い荒らしによる世界的な食糧難も囁かれる。

そんな中、何故、家族の存在がイライラするからと言って、最も機能する古来からのセーフティネットを断ち切ってしまうのか。

己の正義と照らし合わせて自分の取り分が不当に少ないからと言って、離婚して家を飛び出したら本当に死んでしまうかもしれない。

言い過ぎかもしれないが、不動産屋で家を探し引っ越ししなくてはいけないのだから外出用事が増えその分リスクは増える。

実家に帰るといったって自分がコロナに感染していたら親が罹患してしまうかもしれないのだ。

ここでまとめ

赤の他人と生活していれば、口に出さないだけで多かれ少なかれ、飛び出したいと思うことはあるだろう。先行き不安も重なって気持ちは高まるかもしてない。コロナ離婚はそんな気持ちの憑坐(よりまし)として機能した造語と思いたい。川に流して終わりである。

ただこれからは個人が自分らしく生きるより、集団でなんとか不幸を凌ぐターンだと思う。多少イラつくことがあっても我慢するのだ。

但し、コロナDVは別だ。家にいたら本当に死んでしまうのですぐに逃げるべきである。

この記事で自分の家族観は語る必要があったのかと思うが、とりあえずここで終わりとします。

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