本多静六「私の財産告白」を2分の1読んで個人的に学びとなった事

正月の帰省先で、図書館で借りた本多静六の「私の財産告白」を読んでいます。

平易な文体なので1日で読めそうなものですが色々あって読み進めてません。給与の4分の1を強制貯金しその種銭を持って株式や山林投資で財を成した方です。

アルバイトとして「1日1頁」の文章執筆をしてた。

翁、アルバイトと称しつつ、出版先が決まっているのか不明な著述業をやってます。

それは満二五歳の九月から実行に入ったことで私は四分の一貯金の開始と共に、一日一頁分(三十二字詰十四行)以上の文章、それも著述原稿として印刷価値のあるものを毎日書きつづけ、第一期目標五十歳に及ぼうというのだ。これには貯金と同じくあくまでも忍耐と継続が大切で、最初のうちはずいぶん苦しかったが断然やり抜いた。

本多静六「私の財産告白より」

多分、今で言うところのブログですな。旅行で数日開けると前後の日にちで調整(増産)し、腸チフスで1ヵ月した後も退院後の生産を増量したというのだから、こりゃまいった。

復職したら3日に1記事にしようかとか思っていたのだからである。引き続き、PV気にせず1日1記事続けていこうかと思います。

寄附は一時金で。出す事の予約はしない

翁、お金のかけ方と子孫の幸福は関係ないことに気づき、金の使い方として寄附をあげてます。そうです。貧乏は最高の教師です。

そして、その寄附の仕方についてもこう言及してます。

「僅かな金だからとて、この先毎月いくらずつ出すとか、何カ年賦にして寄附するとか予約にするのはどうもまずい。時制の変転につれて自分のふところ工合も変わってくるから、約束の実行が苦しくなったり、惜しくなったり、ときには不可能になったりする。そればかりでない。いったん約束すると先方はそれを当てにもするし、また既得権として無理やり要求してくる。

本多静六「私の財産告白」

お金は稼ぐよりも使う方が大変である。そして、 寄附の話とは関係ないが サブスクリプションはやっぱり要注意なんである。「僅かな金だからと言ってこの先毎月いくら出すとか」は決断が容易で辞めづらい。サブスク関係が巨大化になっているのは、「モノからコトへ」のオフバラ志向ではなく、金が出させやすいからなんだと思う。

今後に備える

んで、静六翁に限らずみんなそうなのであろうが、財を成したらやっかみを言われ、やっかみいってきてたやつから金貸してくれと言われ、貸した金は返ってこないと、色々苦労が多そうである。しかし、経済的自由がないと精神的自由もない。

今後順調に投資をやっていったら2.3年後あたりでちょっと人に言いたくなる成果が多分出るのだと思う。しかし、中途半端な承認欲求は要らんリスクの元になりそうなので、厳重にお口チャックである。

この本読んでますますその決心を固めた次第である。

明日、残りの2分の1読んで思った事を書きます。

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ハッカとミント

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