素人ブロガーに「1日1記事」を進める理由を記します。

よくブログでは質か量かの論争がなされる。

私は圧倒的に「量」だと思う。

「質」を推す人たちはすでに発信に慣れている人である。
ブログでなくても作家を目指していたとかバンドやっていたなどである。

昨日と今日の生活の区別がつかない人はまずは「1日1記事」を目標にやってみるべきだと思う。

晒しもんに慣れろ

発信には慣れが必要だ。
「質」をとるとああでもないこうでもないと、下書きの推敲を繰り返す。
しかし何をどうやってもまあ、面白くないし、目的のわからない記事が出来る。
そしてそんなクオリティしか出せない自分にまず慣れる必要がある。

痛いネタでも発信しろ。

反応の無さに慣れろ

そして、渾身のネタを記事にしてアップするとする。

しかし無反応だ。

アナリティクスをみても「0」である。

意を決してTwitterにアップしてみる。そうしたところでインプレッションはつかない。

がっかりしたって仕方がない。それが事実なのだから。

それが事実だと言うことにまず気づけ

1日1記事の効用はココから出てくる。自分の気持とマイルール。どちらを優先させる?
ここでやめたらなんにもならないぞ。
1日1記事も続けられなくて他のことは出来るようになるのか?
マラソンと同じ。一度止まると走り出しがもっと辛くなるぞ。

1日1記事以外のルールを決めてないのだからその中でやりくりすればいいのだ。

毎日の料理の支度と変わらないと考えろ。
カレーだって、ルーから作るときもあればレトルトで済ませたりするだろう?

完璧を目指すよりまず終わらせろ

それでも、
昨日の自分より今日のほうが上手にできている。
まず情報に対する感応度が上がる。
下書きで止めることなく公開してしまえば、最大のブログファンでありアンチである自分が勝手に入念にチェックしてくれる。

ネタ探しは砂金探しだが、砂金取るのにもテクニックが必要だ。
無駄骨を続けないと、いざという時の勘所がわからない。

「毎日続ける」が一番のチートなメニューである

ホリエモンは服役中もメルマガの投稿をやめなかった(手紙にしたためてスタッフに渡していた)

ひろゆきは、2ちゃんねるの成功要因を「単に続けた事」と言っている。

「継続は力なり」

「千里の道も一歩から」

結婚前に料理ができない女子が、それでも結婚後、料理ができるようになるのは毎日やらざるを得ないからだと今気づいた。

収入の複線化を目指すといいつつ全く関係ない事を綴るブログと化してしまってますが、そんな調子で毎日続けているわけなのだ。

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